敗戦による混乱の中、命さえ危ない状況で、生活の全てをなくし、必死の思いで日本に戻ってこられた方々や、その途中で亡くなられた方々がいました。

子どもの頃に引揚げを体験した漫画家が描いた絵画をもとに、大陸での生活や、日本へたどり着くまでの様子を見てみましょう。
プロフィールの絵は、漫画家自身が自分の子どもの頃を描いたものです。

上田トシコ(うえだとしこ)氏


大正6(1917)年、東京生まれ。生後40日で満州(現・中国東北部)のハルビンに渡り、そこで育つ。満州日日新聞社に勤務していた28歳の時に終戦を迎え、翌年に博多へ引き揚げた。代表作品は「フイチンさん」「あこバァちゃん」など。平成20(2008)年没。

北見けんいち(きたみけんいち)氏


昭和15(1940)年、満州(現・中国東北部)の新京(現・長春)生まれ。昭和21(1946)年、5歳のときに東京・板橋区に引き揚げた。
赤塚不二夫のアシスタントを経て独立。代表作品は「焼けあとの元気くん」「釣りバカ日誌」など。

髙井研一郎(たかいけんいちろう)氏


昭和12(1937)年、佐世保生まれ。1歳から上海で育つ。昭和19(1944)年、7歳のときに佐世保へ帰る。代表作品は「総務部総務課 山口六平太」「プロゴルファー織部金治郎」など。

ちばてつや氏


昭和14(1939)年、東京生まれ。生後間もなく朝鮮に渡り、昭和16(1941)年より奉天(現・瀋陽[しんよう])で暮らす。昭和21(1946)年、7歳のときに博多へ引き揚げた。代表作品は「あしたのジョー」「おれは鉄平」「のたり松太郎」など。

古谷三敏(ふるやみつとし)氏


昭和11(1936)年、満州(現・中国東北部)の奉天(現・瀋陽[しんよう])生まれ。その後、北京・北戴河[ほくたいが]で暮らし、終戦を迎える。昭和20(1945)年、9歳のときに天津から引き揚げた。代表作品は「ダメおやじ」「ぐうたらママ」など。

森田拳次(もりたけんじ)氏


昭和14(1939)年、東京生まれ。生後間もなく満州(現・中国東北部)へ渡り、奉天(現・瀋陽[しんよう])で育つ。昭和21(1946)年、7歳のときに舞鶴へ引き揚げた。代表作品は「丸出だめ夫」「ロボタン」「ボクの満州」など。

山内ジョージ(やまうちじょーじ)氏


昭和15(1940)年、大連生まれ。終戦後は収容所を転々とし、昭和22(1947)年、7歳のときに佐世保へ引き揚げた。
代表作品は「絵カナ?字カナ」「どうぶつは、あいうえお」など。

山口太一(やまぐちたいち)氏


昭和10(1935)年、福島県生まれ。3歳で大連に渡り、11歳のときに佐世保へ引き揚げた。代表作品は「ナウちゃん」「花野さん」「名探偵荒馬宗介」シリーズなど。平成22(2010)年没。

横山孝雄(よこやまたかお)氏


昭和12(1937)年、中国北京生まれ。領事館警察官だった父親の転勤で、おもに長江下流域の中小都市で幼少年期を過ごす。昭和21(1946)年、9歳のときに佐世保へ引き揚げた。代表作品は「旅たて荒野」「諸葛孔明グラフィティ」「ボクは戦争を見た」など。

平和祈念展示資料館 (総務省委託)