平和祈念展示資料館科(総務省委託)
東京都新宿区西新宿2-6-1 新宿住友ビル33階
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語り部お話し会

元兵士・抑留体験者・引揚体験者が過酷な戦争体験を語り継ぎます。

村上 錦二(むらかみ きんじ)さん 抑留体験者

村上 錦二(むらかみ きんじ)さん 抑留体験者

「チタでの過酷な炭鉱労働を耐え抜いて」

  ●7月14日(日) 14:00~(約60分)

炭鉱の町チタに連行され、乏しい食事とマイナス40度の厳しい寒さ、そして過酷な重労働に苦しみながらも、日本への生還を果たした抑留体験者のお話です。

■■プロフィール■■

大正14(1925)年2月、石川県生まれ。 昭和18(1943)年3月、金沢市立金沢商業学校を卒業。
同年4月、満州(現・中国東北部)に渡り、満鉄生計局消費組合に入社。
昭和19(1944)年12月、現役兵として歩兵第242連隊(満州804部隊)に入隊。
昭和20(1945)年8月、錦州から奉天への移動中、ソ連軍により武装解除。
同年10月、チタの収容所に連行され、炭鉱労働や伐採作業などに従事。
昭和21(1946)年秋ごろ、チョープロオーゼルに移動し、土木作業に従事。
昭和23(1948)年6月、ナホトカより京都府の舞鶴港に復員。

吉田 勇(よしだ いさむ)さん 引揚体験者

吉田 勇(よしだ いさむ)さん 引揚体験者

「ソ連の潜水艦に襲われて 三船殉難事件で見たもの」

  ●7月21日(日) 14:00~(約60分)

終戦後に樺太(現・サハリン)から北海道へ引揚げるために民間人を乗せた船が、ソ連軍の潜水艦に攻撃され大破・沈没し多数の犠牲者が出た「三船殉難事件」。
その生存者が目の当たりにした過酷な体験を語ります。

■■プロフィール■■

昭和10(1935)年9月、樺太・敷香生まれ。
終戦間際になって、樺太防衛のため父が義勇軍に、兄が鉄道輸送隊に動員される。
昭和20(1945)年8月17日、母と6人の子どもたちで、敷香から大泊に列車で移動。
8月21日、第二新興丸に乗船。
22日、ソ連軍の潜水艦の攻撃を受けて破損するが、北海道留萌港にたどり着く。
家族で甲板にいたため運よく助かったが、他の乗客の悲惨な光景を目の当たりにした。
同様に攻撃を受けた小笠原丸、泰東丸は沈没し、多くの民間人が犠牲となった(三船殉難事件)

成田 富男(なりた とみお)さん 抑留体験者

成田 富男(なりた とみお)さん 引揚体験者

「満蒙開拓青少年義勇軍からシベリアへ」

  ●7月28日(日) 14:00~(約60分)

満蒙開拓青少年義勇軍として満州へ渡ったのち、酷寒の地シベリアで強制労働に従事させられた少年の体験を語ります。

■■プロフィール■■

昭和4(1929)年12月、兵庫県生まれ。
昭和20(1945)年5月、満蒙開拓青少年義勇隊の隊員として満州(現・中国東北部)の孫呉訓練所に入る。
終戦後、シベリアのセレトカンで8ヶ月の抑留生活を送る。
抑留中、森林伐採作業に従事。
昭和21(1946)年4月、オルレンブルグの収容所に移され、建築作業等に従事。
昭和23(1948)年11月、ナホトカから京都府の舞鶴港に帰国。

田中 信子(たなか のぶこ)さん 引揚体験者

田中 信子(たなか のぶこ)さん 引揚体験者

「7歳の少女が見た満州からの引揚げ」

  ●8月4日(日) 14:00~(約60分)

新潟から満州(現・中国東北部)へ渡った開拓団で生まれた少女の幸せな生活は、敗戦とともに一変します。
母を失い、祖父に連れられて引き揚げた苦難の道程を語ります。

■■プロフィール■■

昭和14(1939)年3月、満州(現・中国東北部)・黒龍江省生まれ。
新潟県から満州に渡った開拓団で、最初の子どもとして生まれる。
昭和20(1945)年8月、開拓村で終戦を知る。
10月、匪賊に襲われ母を失い、自身も肩を負傷する。
その後、祖父ら家族5人でハルビンまで徒歩で逃避行。
ハルビンから列車で満州を南下。
昭和21(1946)年、葫蘆島から京都府の舞鶴港に引揚げ。

呉 正男(ご まさお)さん 抑留体験者

呉 正男(ご まさお)さん 抑留体験者

「台湾出身日本兵―幻のグライダー戦隊およびカザフスタン抑留体験」

  ●8月12日(月・振休) 14:00~(約60分)

台湾から東京に留学、幹部候補生としての教育を受けた後、グライダー特攻隊に配属。朝鮮北部で終戦を迎え、カザフスタンへ抑留されるという、たぐいまれな経験を語ります。

■■プロフィール■■

昭和2年8月、台湾斗六市生まれ。
昭和16年東京中野区の中学校に留学。
昭和19年4月、特別幹部候補生として水戸陸軍航空通信学校に入校。
12月、滑降飛行戦隊(グライダー特攻隊)に配属。
昭和20年8月、朝鮮北部の宣徳飛行場で終戦を迎える。
9月、ソ連軍に拘留され、カザフスタンのグジルオルダ収容所に抑留される。
昭和22年7月、京都府の舞鶴港に体重41㎏で復員。外国人登録し日本居住。法政大学卒。

大矢 東(おおや あずま)さん 元兵士

大矢 東(おおや あずま)さん 元兵士

「満州東寧での戦闘と冬山での逃避行」

  ●8月15日(木) 14:00~(約60分)

ソ連軍との戦闘に参加したのち、終戦を知らされないまま、半年以上に渡る逃避行を続けた体験を語ります。

■■プロフィール■■

大正13(1924)年11月、神奈川県生まれ。 昭和19(1944)年9月、繰上げ徴兵により満州(現・中国東北部)・東寧の第1国境守備隊に入隊。
昭和20(1945)年3月、下士官候補学校砲兵科に入り、東寧の砲兵陣地に配属される。
8月9日のソ連軍の侵攻を受け、戦闘を繰り返し、食料を探しながら逃避行を続ける。
昭和21(1946)年5月、逃避行中、八路軍(中国共産党軍)に捕まり、この時初めて終戦を知る。
9月、葫蘆島から長崎県の佐世保港に復員。

大島 満吉(おおしま まんきち)さん 引揚体験者

大島 満吉(おおしま まんきち)さん 引揚体験者

「終戦前日の悲劇・葛根廟かっこんびょう事件」

  ●8月18日(日) 14:00~(約60分)

終戦の前日、満州の葛根廟でソ連軍の攻撃を受け、1,000 名以上の民間の日本人が虐殺された事件。
その生存者が、壮絶な体験を語ります。
*同日11:00上映「葛根廟事件の証言」に出演

■■プロフィール■■

昭和10(1935)年12月、群馬県生まれ。
昭和13(1938)年、先に満州(現・中国東北部)で働いていた父に呼ばれ、母、兄とともに満州へ渡る。
昭和20(1945)年、ソ連軍侵攻のため集団避難の途中、8月14日、葛根廟事件に遭遇。
同年9月末、家族で新京(現・長春)に移動。
昭和21(1946)年10月、葫蘆島から福岡県の博多港に引揚げ。

牛窪 剛(うしくぼ つよし)さん 抑留体験者

牛窪 剛(うしくぼ つよし)さん 抑留体験者

「懲罰隊に入れられて鉄道敷設作業」

  ●8月24日(土) 14:00~(約60分)

終戦直前に召集された後、帰国するはずが遠いシベリアへ抑留される。
酷寒の地で強制労働に従事した体験や、思想教育を受けた体験を語ります。

■■プロフィール■■

大正14(1925)年8月、神奈川県生まれ。
昭和20(1945)年1月、新発田連隊に入隊後、朝鮮・会寧の第75連隊に配属。
終戦後、ソ連軍により武装解除され、シベリアのホルモリンで抑留生活を送る。
抑留中、森林伐採作業のほか、鉄道敷設作業に従事。政治経済講習所で4ヶ月間教育される。
昭和23(1948)年6月、ナホトカから京都府の舞鶴港に復員。

西崎 信夫(にしざき のぶお)さん 元兵士

西崎 信夫(にしざき のぶお)さん 元兵士

「駆逐艦雪風に乗った海軍特別年少兵」

  ●8月31日(土) 14:00~(約60分)

15歳で海軍特別少年兵に志願。
駆逐艦雪風の乗組員として、戦艦大和の沈没を目撃し、自らも負傷しながら生存者らの救出に当たった体験を語ります。

■■プロフィール■■

昭和2(1927)年1月、三重県生まれ。 昭和17(1942)年9月、海軍特別年少兵の第1期生として、広島県の大竹海兵団に入団。
昭和18(1943)年9月、横須賀の海軍水雷学校に入校し、繰上げ卒業。
11月、呉軍港にいた駆逐艦雪風の魚雷発射管射手として配属される。
昭和19(1944)年、マリアナ沖海戦やレイテ沖海戦に参加。
昭和20(1945)年、沖縄水上特攻では、戦艦大和の護衛として従う。
大和が沈没する中、生存者らを救助する。
終戦後、引揚船として使われた雪風に再び乗務し、海外引揚業務に従事する。
昭和22(1947)年10月、復員。

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